「むかしのバルドラの野原に一ぴきの蠍がいて、


小さな虫やなんか殺して生きていたんですって。


するとある日、いたちに見つかって食べられそうになったんですって。


蠍は一生けん命逃げて逃げたけど、


とうとういたちに押えられそうになったわ。


そのとき、いきなり前に井戸があって


その中に落ちてしまったわ。


もうどうしてもあがれないで、さそりはおぼれはじめたのよ。


そのときさそりはこう言ってお祈りしたというの。



ああ、わたしはいままでいくつものの命をとったかわからない、


そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときは


あんなに一生けん命にげた。


それでもとうとうこんなになってしまった。


ああ、なんにもあてにならない。


どうしてわたしはわたしのからだを、


だまっていたちにくれてやらなかったろう。


そしたらいたちも一日いきのびたろうに。


どうか神さま、


私のこころをごらんください。


こんなにむなしく命をすてず、


どうかこの次には、まことのみんなの幸いのために


私のからだをおつかいください。」








宮沢賢治〜「銀河鉄道の夜」より〜










Comments